門が閉まっているときに見る全州の黄岡書院と文鶴台
黄岡書院は、高麗末期の儒学者・李文靖をたたえる全州李氏の門中書院です。壬辰倭乱と1868年の書院撤廃令を経て、1898年に現在の場所へ再建されました。内部公開の可否や開館時間、入場料が公表されていないため、紅箭門と外観を中心に見学し、文鶴台まで合わせて訪れるのが現実的です。
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なぜ黄江書院は黄芳山の麓、馬田村にあるのか
黄江書院は全北特別自治道全州市完山区黄江書院5ギル8-7、孝子洞3街にある全州李氏の門中書院です。書院のある馬田村は全州李氏が代々暮らしてきた村であり、黄江書院は黄芳山の麓に位置すると紹介されています。
「黄江」は高麗後期の儒学者、李文靖の号です。李文靖は高麗末の恭愍王の時代に政堂文学を務め、仏教の代わりに儒教を尊び、学校を建てて風習を変えようとする改革を唱えた人物と説明されています。官職を退いた後は故郷で文学台を開き、性理学を教えました。

坤芝山から1898年に現在地へ移された経緯
黄江書院はもともと全州の坤芝山の麓に建てられました。壬辰倭乱で焼失した後に再建されましたが、1868年、高宗5年の書院撤廃令により取り壊され、1898年、光武2年に現在地へ移されて再建されました。
そのため現在の黄江書院は、高麗末の李文靖の教育活動、壬辰倭乱による焼失、朝鮮後期の書院撤廃、大韓帝国期の再建という四つの時代の痕跡が重なる場所です。1984年4月1日には全羅北道文化財資料第12号に指定されました。

紅箭門の奥へ続く前学後廟の配置
入口には赤く塗られた木門、紅箭門があります。書院は前方で教育を行い、後方で祭祀を行う前学後廟(前学後廟)の構成と説明されており、外三門を通ると入母屋造りの屋根を載せた講堂が現れます。
講堂の前には石碑が3基並び、六本の柱にはそれぞれ柱聯が掛けられています。講堂に掲げられた「黄江書院」と「完山斎」の扁額は、麗山の宋成龍(1913~1999)の書と紹介されています。

黄江祠・襄厚祠・永慕斎で確認できる人物たち
講堂の奥にある黄江祠は、李文靖をはじめとする先賢を祭祀し、位牌を安置する祠堂です。黄江祠の東には襄厚祠があり、その名は高麗末から朝鮮初期の文臣、李伯由の諡号に由来します。もう一つの外三門を通ると永慕斎があります。
黄江書院には李文靖を含め、計7人の位牌が安置されています。紹介されている人物は、李文靖、李伯由、李慶東、李穆、李徳麟、柳仁洪、姜海友で、李慶東は朝鮮時代に司憲府の大司憲を務めた人物と説明されています。
1884年の旌閭門まで書院の外で探す
書院の外には、先祖の孝行を記録した「孝婦東莱鄭氏旌閭門」と「孝子全州李公春善之閭」の石碑、「孝子李公碑閣記」があります。孝婦東莱鄭氏旌閭門は、李伯由の13代子孫である李熙克の妻、東莱鄭氏をたたえる旌閭で、1884年に高宗の命令によって建てられました。
したがって黄江書院は、祠堂と講堂だけを見る場所ではなく、全州李氏一族の教育・祭祀・孝行に関する痕跡が一つの区域に集まった場所です。内部に入れなくても、紅箭門、講堂前の石碑、外部の旌閭門を中心に見学できます。
文学台へ行くなら黄江書院左側の坂道を利用
文学台へは、黄江書院左側の塀に沿って延びる坂道を歩いて近づくルートが紹介されています。文学台は中央に部屋を設け、四方に板の間を置いた東屋で、李文靖が性理学を研究し、弟子を育てながら晩年を過ごした場所と説明されています。
文学台は高麗の恭愍王6年にあたる1357年に建てられ、壬辰倭乱で焼失した後、純祖24年にあたる1824年に子孫が再建しました。正面3間、側面3間の入母屋造りの建物で、1976年4月2日に全羅北道記念物第24号に指定されました。
2006年と2007年、開発によって移された文学台
文学台はもともと完山区孝子洞3街山334-1にありましたが、2006年の西部新市街地開発により現在地へ移転したという記録があります。全州市の公式資料は、2007年の西部新市街地開発に伴い、黄江書院の祠堂の裏へ移されたと説明しています。
文学台の移転は周辺道路の名称にも残っています。現在の文学路という道路名は文学台に由来すると紹介されています。住所は黄江書院と同じ全羅北道全州市完山区黄江書院5ギル8-7とされているため、二つの遺跡を一つのルートで見学できます。
開館時間・入場料が公開されていない書院での見学方法
黄江書院の公式開館時間と定休日は、確認された資料では公開されていません。公式の入場料も確認できないため、無料だと断定することはできません。したがってここは、博物館のように決められた時間にチケットを購入して入場する観光地として計画するより、住所地に到着して外観見学を優先する場所として考えるほうが安全です。
2019年12月9日の訪問記には、文化財保護のため内部見学ができず、錠が掛かっていたため外観だけを見たと記録されています。内部撮影の可否、英語案内、音声ガイド、駐車の可否、推奨見学時間も公開資料では特定されていません。文学台方面には坂道があるため、車いすやベビーカーの利用者は、現地で別途アクセスのしやすさを判断する必要があります。

公共交通より住所と馬田村の標石を目印に移動
遠方から訪れる人は、ナビゲーションに「全北特別自治道全州市完山区黄江書院5ギル8-7」と入力するのが最も確実です。資料で紹介されているアクセス順は、文学台第1公園の入口を通り、馬拉特(馬田)村の標石を見つけた後、その裏手の低い丘にある黄江書院へ向かう方法です。
黄江書院までの特定の駅出口、バス路線番号と降車停留所、徒歩距離は、確認された資料にはありません。駐車の可否と駐車料金も公開されていません。現地では紅箭門を書院入口の目印とし、文学台を探す場合は書院左側の塀と坂道に沿って進むと便利です。
2025年の整備工事と訪問前の問い合わせ先
黄江書院一帯は、2025年の公告で、内外の排水路整備、階段および塀の補修、紅箭門の整備工事の対象となりました。工事期間は着工日から90日とされ、予定金額は148,720,000ウォンでした。
同じ公告の見積書提出期間は、2025年9月9日10時から2025年9月11日10時まででした。整備工事に関する問い合わせ先として示された全州市国家遺産管理課の電話番号は063-281-5127です。2025年の整備後に現在どこまで見学できるかは別途確認されていないため、門が閉まっていたり工事の痕跡が見えたりする場合は、中に入らないのが適切です。
動画で先に確認できる二つの記録
現地へ行く前には、全州大学校歴史文化コンテンツ学科のチャンネルによる黄江書院の動画が参考になります。「[歴文コンTV]ストーリーテリング・メディアラボ|黄江書院|知られざる全州の隠れた物語」は、2021年7月18日に投稿されました。
JTVの「[全北の発見]全州物語 第2部 黄江書院と馬田李氏」という動画は、2018年5月18日に投稿されました。二つの動画は、書院の建物だけでなく、馬田村と全州李氏一族という地域的背景を事前に把握するのに役立ちます。
訪問前の確認
- 住所
- 全北特別自治道全州市完山区黄江書院5ギル8-7(孝子洞3街)
- 電話
- 063-281-5127(黄江書院周辺の整備工事に関する全州市国家遺産管理課の問い合わせ先)
- 公式サイト
- https://daum.jeonju.go.kr/main/menu?do=view&gc=WEBZINE7&page=29&webzine_code=p3779w521lqkr75k&wgroup_code=g9d728cqyhng6ypj
- 交通
- 文学台第1公園の入口と馬田村の標石を通り、低い丘へ向かうルートが紹介されています。黄江書院左側の塀に沿って坂道を歩くと文学台に着きます。
- アクセシビリティ
- 黄江書院の内部は錠が掛かっていて外観だけ見学したという記録や、文学台へのアクセスに坂道があるという資料があります。
上記の情報は執筆時点のものです。訪問前に公式案内を再度確認してください。
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